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 約束の時間を三時間過ぎても、私は帰る気になれなかった。
(ひゃー、大人のデートってカンジ)
 さみが映画のチケットをまじまじと見つめながら言った言葉に、そんなものじゃないと照れつつも嬉しさがこみあげてきたのをぼんやりと思い出す。男の人と二人きりで遊ぶなんて何年振りだろう。研究と授業に追われて、そんな心の余裕はとてもなかった。いや、そう言い訳して逃げ回っていただけかもしれないが。
 歯の浮くようなセリフ、大げさすぎるリアクション、時々置いていかれるくらい高いテンション。東雲さんは私の知らない人種だ。なのにどうしてだか、話すのは苦痛じゃない。多分、彼の言葉には嘘がかけらも含まれていないからだろう。
「……東雲さん」
 そう、彼が嘘をつくはずなんてないのだ。今にもすいませんと詫びながら東雲さん(もしかしたら真っ赤なバラの花束でも調達していたのかもしれない。そんな人だと思う)が走ってくる気がして、どうしても待ち合わせ場所から離れられない。
「……」
 ここに来る途中で見た崖崩れがやけにひっかかる。まさか、あんなところに東雲さんがいるはずないじゃない。何しに行くっていうんだ、ありえない、ありえない、ありえない。必死で嫌な想像を打ち消すけれど、どんなに押し殺そうとしても不安はじわじわと黒く染みてくる。
 握り締めていた携帯電話がぶるぶると震えた。東雲さん、と一瞬思ったものの、私の番号もアドレスも彼は知らないのだと気がつく。サブウィンドウに表示された名前は自分の妹だった。
『……おねーちゃん?』
 泣き出しそうなのを堪えている声に、さっきまで抑え込んでいた想像が膨れ上がって爆発した。胸に黒くて細かい無数の欠片が刺さっているかのように、呼吸がしづらい。慎重に息を吸い込んでから、いつもどおりの声を作った。
「どうした、さみ」
 あんな、はんげつさんが、と言われたところで、私は電話を切った。続きは想像がついたし、きっとさみも言えなかっただろう。電話の向こう側で、さみはひとりぼっちだろうか。雨宮でもいいから傍にいてやってほしい。こんな私じゃ、さみの涙をぬぐってやれない。自分のことで手一杯だ。
「半月さん」
 震える声で名前をもう一度つぶやく。初めての待ち合わせでこんなに待たせるなんて、ひどいじゃないですか。早く来てくれませんか。
 すいませえん、と遅刻を詫びながら彼が現れることはもちろんなくて、私はひとりぼっちのままだった。


Fin


20091112thu.u
20081215mon.w

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